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コラム:久しぶりに地元の夏祭り

久しぶりに夏祭りに繰り出した

 

愚生の夏祭りの思い出は東北の片田舎で幼稚園児には父に肩車・・・小学生時代には山車の手綱を握った記憶がある。

中学生にもなると色気づき、女の浴衣姿に妙に興奮し股間の疼きが耐えられず閉口し、祭りに出るのが恥ずかしくなり、夜店に繰り出し夜陰に紛れた。

高校生時代は受験でそれどころではなかった。上京した後は、たまの帰省でも夏祭りには出くわさなかった。

愚生は少年時代、祭りが大好きだった。今も変わらない。

祭りは人を集める力がある。老若男女を興奮させ、見知らぬ相手と・・・飲んで食べて騒いで踊り明かす。興奮した若者たちが喧嘩するのも好いだろう。親戚縁者、隣近所、町内会同士、この時ばかりは身分すら感じさせない。なんて素晴らしいのだろう。

少年時代、そこには祭りを通して伝承という格式はあったものの「自閉症も引き籠もり」も「非・・・、正規・・・」など無かったと記憶する。家に閉じこもっていても祭りが近づくと妙に騒がしくなる・・・囃し立てられると言った方があっているかも知れない。決して流行の音楽プレーヤからは祭り囃子は聴こえてこない。

何気なく血が騒ぎ、生きている感じがした。祭りは、先祖が語り継ぐだけでなく御輿や山車を残し繋いできた。祭りは街を活性化させる。地域を活性化させる。政治家が言う口先の煽動でなく、祭りこそが日本全体を活性化させる最高の方策であると気がしてならない。若者に告ぐ、祭りを未来永劫残さなければならない。

話は逸れるが子作りも祭りが担っている気がしてならない。愚生は民族歴史学者でないから定かでないが、田植え時期には春祭りがあり夏には盆を絡めた夏祭り、秋には収穫祭の鎮守祭りと全国津々浦々大なり小なりの祭りがある。たぶん先祖達は祭りを興し利用して若人達の出逢いの場を造り、人を集め増やし地域の主権を誇示し勢力を拡大してきたに違いない。そして、そこには延々と男女の性の営みが有ったことを忘れてはいけない。祭りを通して性の営みを絶やさない忘れさせない先祖の知恵に感謝しなければならない。

今は祭りを遠回しに観ているのが恥ずかしい。2010年8月初旬

ID:81 | 投稿者:NUMAX | 日時:2010年09月03日 23:00 | 印刷用ページ

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