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コラム:トンヒャン逝く

トンヒャンへ

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想えば君と知り合ったのは1995年夏も終わりにかけていた日だったな?

当時、君は故国で語るに語れない事情が重なって東京池袋へ居候していたね。

居候先が父の古い友人で愚兄が独立してから何かと世話になった所だったとは、この運命的出会いに後から驚いたよな。

居候先には代が替わって「べらんめい姉さん」が鎮座し、君を紹介されてからは愚兄が相模川を越え多摩川を越えて平塚から上京する度に一献交わしたね。

君の口から飛び出す流暢な日本語に何かしら遠い昔の懐かしい友人に逢ったようで急速に仲が深まって行ったね?

「べらんめい姉さん」との生(性)活の事、日本とのビジネスの事、日本で交流のあった人たちのことを君は愚兄を「お兄ちゃん」と呼び、呑んで騒いで笑い戯け時には朝焼けを何度も二人で視たよな。他人に話せない心の内を、涙を流しなが何でも話してくれたよな。

愚兄が毎月欠かさず行く神社参拝にも、二日酔いであろうが風邪を惹いていようが、ちゃんと連れ立ってきたよな。愚生から離れず日本人以上に神道を学んだよな。

時を重ね君が故国ソウルへ帰るようになって心身健やかな気持ちを取り戻して行く中、君は亡くなったお父さんや先祖の眠るお墓に愚兄を連れてってくれたよな。帰り際、釜山近郊の同級生の輪、ソウルでのロータークラブの仲間達も愚兄を抵抗なく入れてくれたよな。

おかげで韓国全土、何処を廻っても、紹介してくれた仲間たちが愚兄を「お兄ちゃん」と慕ってくれ、何一つ不自由しなかったよ。今も変わらないよ。

5月に再婚したと言って、病を押して新婚旅行に箱根を選んでくれたこと嬉しく思うよ。投薬、放射線治療と闘病している背景をお首にも出さず楽しんでくれたよ。

4日胸騒ぎがしたよ。朝早くミスりから「お兄ちゃん、直ぐ着て・・・」言葉にならない嗚咽混じりの訃報。急ぎ便で病院に駆けつけたのは23時を大きく上回り「お兄ちゃん、お兄ちゃん」と呼ぶ声には間に合わなかった。「寂しい思いさせて、ごめんな」。

君の最愛の奥さん、二人の息子、ミスりそして親族親戚縁者、幼なじみ友人達は愚兄を視るや否や「お兄ちゃん」と抱きより号泣して着たよ。

君の安らかに眠る顔を撫でたら全身鳥肌が立ち足まで竦んでしまったよ。君が今にでも掴んで離さないような気がしたよ。

「トンヒャンごめんな」「苦しかったろう、傍にいてやれなくてごめんな」「本当にごめんな」。

多分、愚生が「巨ちん倶楽部」そして「快性塾」と開発製品MrHiを持ち歩き、全国津々浦々まで啓蒙行脚しているとき何時も鞄持ちで同行していたから、多くの人が知っている顔だと思うよ。

だから、あえて写真載せるよ。新婚旅行の箱根温泉が好い笑顔だったからね。

10月4日とうとう病に勝てず、天国に召されてしまったよな。

悲しいよ。切ないよ。寂しいよ。54歳惜しいよ。悔しいよ。

63歳愚生は、精一杯トンヒャンの分まで生涯現役をモットーに謳歌するからな。

安らかに眠っておくれ。

ID:86 | 投稿者:NUMAX | 日時:2010年10月12日 22:31 | 印刷用ページ

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